プロローグ: sid 天諏佐一姫




天 鏡 楼


年端の行かぬ少女が警察庁で報告書に目を通すその前夜、
昼間の喧騒よりも密やかに、夜の住人たちも溢れるネオンの中を我が物のように 歩いていく、昼間とはうって変わる、虚偽と誘惑に染まった艶やかな街を。
ただし、そのはずれ、ネオンが光を映さない夜闇あるべき姿のまま顔を覗かせる1区画で、
夜空に虚空を現したまま突き抜ける廃ビルの屋上から一姫は視ていた。
「あーあ、呪詛はおっかないのにねぇ」
古くなったフェンスに腰をかけ、茶色のボブにきった髪を風に遊ばせながら、
霊圧が渦を巻いて、吹き上げる下方を。
「別に知ったこっちゃ無いけど・・・・迷惑なんだよねぇ。人の商売範囲でさ、
特犯が嗅ぎ付けてくんじゃん。・・・それにあの人たち対外暇ぽいし。」

―――――暇人とまで言われた特別犯罪取締の人々はけっして、間違っても、
暇でなんぞ、ありえない。
日々、上から不条理に下されるお仕事に人手不足で喘いでいるのだから。
だが彼女の中では、しっかりと、
「暇人。」と記された脳内手帳の項目の中に入っているらしかった。
おかげで、苦労耐えない公務員に暴言をあっさりと吐き終わると、
自らの居る廃ビルと、目の前にある其れよりも背の低いビルの間で、
パソコンの中に低級霊を呼び込む5・6人の少年達が起こす霊圧をものともせずに、
一姫は髪を一度掻き上げて、
「さて、と・・・掃除ぐらいしておこうか。そのほうが蝶々も網にかかりやすいだろうし?」
言って胸元から携帯を取り出す、そして普通ならけしてかかりえない番号を押した。
―――――― そう、普通なら。
「開門。」
面白そうに弧を描く唇でポツリと誰に言うでもなくつぶやくと、
総てを巻き込み、ひねりつぶすような風圧が、一姫の携帯を中心に巻き起こる。
「んじゃ、いーてっらっしゃい、降魔。お掃除がんばってねー。」
吹き飛ばされそうなほどの風圧もものともせず、
一姫は自らの携帯のディスプレイから飛び出して行ったものに、悠々と手を振った。
標的となった下方に居る少年達の運命を知りながらも。
「さて、お家にでも帰りますか?」
それでも一姫は悠々と、楽しそうに目を細めながら、 目を見張るラインの体で伸びをして、
夜空の最中にその身を躍らせる。

一姫は知らなかった。
自分の通う学校内で、自らが「暇人」 とののしった少女に会うとは。
・・・正確には、地球の法則にしたがって地面へ落ちていくわが身を、
あさっりと呪力で気楽に法則に干渉して見事に着地した一姫には、
思い切りどうでもいいことに他ならなかった。
「あー明日の授業は寝られるかなー」
・・・・・・・・・・考えているのはそれだけであったし。





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