第一話: sid 天諏佐一姫
天 鏡 楼
少女があさっり上司にあしらわれ、ぶすくれた表情で部下に車を用意させていた頃、
一姫といえば。
――――― ガダン!
「いーいっかげんに起きろっつてんだ!天諏佐!!!頭のなかに豆腐の角詰め込まれたいのか?!」
突っ伏せている机の右方に、怒りに任せて激しく衝撃を与えられたおかげで、
一姫はその方向に倒れるような形に成りながらも、
床と親睦を深めることにはいたらず、
衝撃を与えた人物の顔を見上げるように落ちるまぶたと顔を上げた。
――――――― 無礼なことに枕にしていたしなやかな腕はそのままであったが。
「せんせ、豆腐の角だけつめるんですか?角以外の部分はどうす
―――て、ああ、センセが食うんですか?」
なんだか庶民的ですねぇと、思い切り、ぶちかます。
――――――― しかも的を射るようで的外れに、
遠慮もなく、焼却炉にガソリンをぶっこんだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「アホじゃない?」
ど半眼で目の前に肘を着いて
顔面で自身の心情をこれっぽっちの同情も遠慮もなく、
語りつくす友人に、苦笑するのではなくも、
一姫は唇の端を上げながら、前髪を弄くる手をそのままに、
今まで眺めていた手鏡から視線を視線を上げる。
「ん?何のことよ?」
その言葉に友人はため息をひとつついて。
―――― やたら深いため息だったが。
「『何のこと』かですますわけね。あんたは」
口元をひくつかせながら、こめかみに青筋を浮かべる。
「あんったがそんなんだから!こんな時間まで残されるんじゃない!!
しかも私まで巻き添えよ?!
どういうことよ?!あんとき笑ったとか何とか――――
被害妄想激しいのよあの波平!!!
笑ったのは私だけじゃなくてクラス全体よ?!
それを―――」
なにやら怒りの対象が、
自分から件の教師へと方向転換したらしい友人に一姫は
ひとつ苦笑をこぼして、机に立てた鏡に視線を戻す。
もうすぐ17になる、やや癖のある表情をした少女の顔がそこに映る。
特出した美人でもなければブスでもなく、かと言って普通でも無い。
言うなれば普通の人よりちょっと人目をひく美人だと、
物事に衣服を着せない目の前の友人がいつか言っていた。
健康的でも、病弱でもない白い肌に乗る、やや切れ上がった双眸は
ボブに切り上げた少しくすんだ薄茶色より、
遥かに薄くて、けれども光で金色に見える。
そしていつもと同じように、瞳は面白そうな色にくすんでいる。
「ちょと一姫、あんた人の話聞いてるの?」
右から左へ聞き流していた友人の愚痴が、
ヒステリックという帽子をかぶって声量が高まっていく。
「聞いてる聞いてるー」
「聞いてないじゃない!!!!」
ダン!!!
と、声とともに机に拳を落とされたおかげで、鏡が床へ
ノーロープバンジーをするところをあわやというところで防ぐ。
そのとき、何かが一姫の琴糸を弾いた。
「あんたってなんでそういつもいつも・・・」
「・・・・・・美紀」
「なによ」
本気で目の据わった友人にひきつりつつも、一姫は、
「私先に帰るわ、後ヨロシク。」
あっさりと席から立ち上がり、だらしなく襟元を開いたブラウスに、
ブレザーを羽織って、鞄を肩にかけた。
「ちょっ!工藤の説教はどうするつもりよ一姫!!」
「美紀にまかせるよ。てきとーにやっといて?」
そういいながらヒラヒラ手を振るころには、もう教室のドアは目の前で。
美紀のさらにヒステリックにボルテージの上がった叫びをBGMに、
一姫は教室を出た。
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