第三話: sid 天諏佐一姫




天 鏡 楼


「で、それで逃げてきたと。アンタらしくないわねー」
鞄をだらしなく肩にかけて、制服とブラウスの前を相変わらず開けたまま、
ばつ悪そうに入り口に背をもたらせて視線をそらす一姫に、
少し間を空けたところで優雅に茶を啜る女はにっこりと擬音をつけて、
目だけであざけるような笑いを披露する。
イヤ、むしろ冗談抜きで嘲っているのだろうが。
「何、そんなに厄介だったのかしら。特犯のお嬢様は?」
「特犯のお嬢様?・・・ああ、あのこのこと?」
あまり好ましくない回想を振り返り、げんなりを顔の筋肉で作って見せた一姫だったが、
女の次の言葉に神経を掠めた。
「そう、特別犯罪の切り札。陰陽家の名門天桜家嫡子、天桜史遠お嬢様。」
「・・・天桜・・・なーんかなー・・・」
「何かあるの?」
「昔にちょっとねー」
そう答えて一姫は視線をうろうろと視線を動かす。
黒い靄が当たり一面に広がっているが、視界ははっきりとしている。
だが、天井と床、空と大地との境目がまったくわからない上、
この空間がどこまで続いているのかも不明瞭だ。
黒く染めた紙の上に、白い絵の具を落としたように、一姫の背にしている
この空間の扉と、接客セット――――ソファーとテーブル――――が、
明らかなミスマッチ具合を主張して此処にあった。
ソファーが目に毒々しい蛍光どピンクのせいかもしれない。
いや、はっきり言わなくともそうなのだが。
おかげで一姫は視線を其処で止めた挙句半眼になった。
「・・・・・・・・・・趣味悪。」
だが、言われた本人は清々たるもので、
「いいじゃないの、蛍光ピンク。」
かわいくて。
と、あっさり言い切った。
「・・・・・・・・。」
「何よその顔、第一アンタ私に用があってここに来たんじゃなかったの?
それともお茶でもしにきたのかしら?どちらにしろ料金請求するわよ。」
思わずなんとも形容しがたい表情で無言で切り返すと、今度は頬を膨らませてそんなこと言う。
「・・・てかそんなサービスやってたのなんて初耳なんだけど。」
「やってたのよ。知らなかったでしょうけどねっ」
「・・・・いい大人がいじけないでよ。
それはともかく、天桜家の現在の当主のこと、
あのお嬢様の経歴・・・10歳から現在までのものでいい、
今回お嬢様の金魚の糞ってか下僕?の素性と経歴、
・・・あとは裏太夫、鴇磨家の現当主のこと、
全部洗って。」
くだらないやりとり、というよりも、一方的にいじけられたことに半眼になりつつ、
一姫は一気にまくし立て、趣味が悪いと酷評したソファーに腰を下ろした。
「あそこの――――特犯の部長さんのことは良いの?」
座らないでよ。
と、テレビを見ていた最中にいきなり勉強を押し付けられた少女の顔を一瞬出すが、
女はすぐに、仕事をする顔に戻って一姫に言う。
「其処まで調べるんだったら馴染みのアンタだしね。特犯全員の経歴と顔写真くらいは、
無料で進呈するわよ?」
ひらひらと手を泳がせながら、首をかしげて言う女に、
一姫は、ソファーに座った瞬間に、先ほどの立っていた場所に浮いていたカップが、
目の前のテーブルに移動してきたことをどうでもよさそうな目で確認した後、
カップにもう一度口をつけながら、付け加える。
「情報っていうのはそのとき必要なだけあれば問題はないの。
余計なもの付け加えられると色々と混線するしねー・・・それに、あそこの部長さんのことなら、
それなりに良く知ってるし。―――たしか、鴇磨家の先代当主の従兄弟だったはずよ。
それがなんで、今も昔も目の上のタンコブな特犯にいるのかは知らないけど・・・・」
一姫は、面倒そうに手首を動かして中の紅茶を緩慢にかき混ぜながら、
それに映る自身を見つめて言う。
「とりあえず今はどうでも良いこと。今はね。」
「ふーん、じゃあアンタが天桜の先々代―――――これまた若い美空でお亡くなりなんだけどね。
その死に関連・・・というか鴇磨と共謀して殺したって話は本当なんだ?
その線でいくなら、当時まだ課長だった元部長である真神誠一のこと、
知ってるってこと納得できるんだけど。
アンタ警察なんて興味ないって言って、 ほっとんど知らないじゃないの。現職の本庁の人間のこと。」
普通こういう稼業やってる人間なら知ってるはずなのに。
そういって呆れながら、女は一姫の座っている蛍光ピンクのソファーと、重厚なテーブルから、
少し離れたところにある上等な生地でデザインだが悪趣味な色彩の椅子に座りなおして、
すいっと、白磁の両腕を肩の位置まで上げる。
「さて、検索かけてみるけど・・・場合によっては料金高くなるわよ?」
そうチロリと、一姫を見やる女の両手の甲に、神字の一つが浮かび上がる。それを中心にして
円がさらに奔り、その円から無数の線が女の肩まで覆い、光始めた。
「かまわないよ、大体舘羽の情報っていつも無駄に高いし。今更今更。」
カップに注がれた紅茶に、またしても何処からか出てきた砂糖を3つも入れてぐりぐりと
スプーンでかき回し、
甘っ
と自業自得な感想を一姫はもらした。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



耳鳴りが突然、一姫の聴覚を覆った。
「んで、お嬢様の詳細なんだけど、名前はさっきも言ったとおり、天桜史遠。
天下の京都陰陽師家名門、天桜家の16代当主ね、
現在はその位を弟に譲」
「まって。」
女―――舘羽の言葉をさえぎって一姫は視線を左斜め上に上げる。
(結界が解かれた・・・せっかくの"撒き餌"だったのに。
まぁ、此方の気配を辿れるようにはしてないからそれはどうでもいいとして、
問題はアレの本質にあちらさんが気づくか気づかないか―――)
其処まで考えて一姫は急にソファかた立ち上がった。
「舘羽、その情報の続きなら後から"回線"をこっちに繋ぐからそのときにお願い。
ソレまでは一切私に接触を持たずにね。厄介ごとに巻き込まれたいなら別だけど。」
舘羽は早口にまくし立てる一姫に視線を合わせる。
「・・・何があったの?」
「"撒き餌"に余計なのが喰らいついてきてね、鮮度が良い分手が掛かりそうってか面倒。」
うんざりした表情を作りながら一姫はすでに"入り口"の方に脚をむける。
「出来れば放棄しちゃいたいのは山々なんだけど。なんかもう出来そうにないってか、
余計なのにゲームに割り込まれちゃって、
もう無理して勝つしか選択肢がなくなったって言うか・・・」
言ってて虚しくなったのか、段々と遠い目になる一姫に、舘羽は一言、
「くれぐれも巻き込まないでね。」
と、同情もへったくれもないような言葉を一姫の聴覚へ贈った。





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