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第四話: sid 天諏佐一姫




天 鏡 楼


 微笑ましい姉弟愛が世の中の一角で披露されている頃、
「天諏佐ぁぁぁ!!!」
職員室の一角では果てない怒声が一姫の眼前で披露されていた。

「まったくお前というやつは・・・いつもいつもいつもいつも!」
聞いてるのか!
と、全力で自分に唾を飛ばす担任に、
今日クリーニングに出したら明日何時にできるんだっけ・・・・
と、半ば諦めの境地から浮かぶ疑問に一姫はとりあえず身をゆだねることにした。
そうなると当然のごとく、さらに火をつけられた担任は燃え上がったらしい。


当然の成り行きだが。


さらに怨念ならぬ音量の上がる担任に、視線をあらぬ方向に向けていた一姫が、視線を半眼に
したまま、担任に戻すと、あまり視力にうれしくない熱血中年の顔が前面に映し出された。
「いえ、聞いてますよ。ちゃんと一応、きっとおそらく。」
「何故そこで仮定形が混じるんだっ?!」
はーはーと、怒鳴った余波に肩で呼吸をしながら声帯を酷使する担任は、
一度声を落ち着けようと努力してる様が誰にでも伺えた。
「まったく大体、お前はいつも不真面目どころか、無断欠席は多いし家に電話しても誰も出んし!」
ただしその努力は秒単位で木っ端微塵に破壊されたが。
「あーだって家の親両方とも今海外出張中でいませんし。」
「そんなことを言ってるんじゃないっっ!」
きっぱり。
と、背後に修飾語を見事につけて答える生徒に、すばらしい速度で怒鳴るのと、
周りの職員の視線が、この問答が始まった辺りからすでに哀れみを含んだものだったのが、
さらに色濃くなる。
「いいか、その素行をどうにかしろと俺は言ってるんだ。
お前はまだ救いようがあるんだか無いんだか、テストの成績だけはまだマシからな。
ちゃんと真面目に登校して、真面目に・・せめて真面目な振りして授業を受けろ。」
「先生、人生は一度きりなんだから有意義に楽しむのが、この世に生まれたものの使命だと思います。」
擬音が現実でも鳴りそうな勢いで右手を上に上げて、
選手宣誓をするポーズを取りながら一姫は言い切った。


とても清清しく。


「・・・・それは日々真面目に人生を送ってる人間が言う台詞だ!馬鹿もんがぁぁぁ!!!」
頭髪がまたストレスで抜けていくであろう担任は、あまりに清清しく放たれた言葉に、
理解できなかったのか数秒間呆然とした後、人間が放てる最大の声量でもってそう叫んだ。
どの道、まだしばらくこの耳に痛い音量の説教は終わらないらしい。
周りの教職員の皆さんは諦めの境地の隅っこで、そう悟ったのだった。




◇  ◆  ◇  ◆  ◇




「わーお、夜も暮れに暮れちゃったわねー」
とっぷり
と、闇の閨に口がついていたなら主張しそうな夜空を見上げながら、
一姫は苦笑を浮かべた。
背にある学校の玄関は、すでに影すら闇にまぎれる。
黄泉の淵から声が響き始める時間になって、やっと一姫はマグマを吹き上げる担任から解放された。
「センセ、説教長いんだもんなぁ・・」
自業自得の四文字がべったり抱きついてこようとするのを、あっさり脚を引っ掛けて張った押し、
さらに何も無かったように踏みつける。
「さて・・・と、」
唇を左右に引き上げて、目を細めて妖笑し、一姫は体を反転させる。
そしてあたかもそこに最初から何も無かったように、目の前に在るのものすべてをすり抜けて、
すでに閉鎖された中庭に向かい立つ。
もうかなり前に、職員すら入れなくなった破棄された中庭だ。
面積はあれど、木々や草草がむやみに生え覆い、視界が塞がれる。
ただ、そのなかにまぎれる朱塗りの祠だけがぽつんと、存在を主張している。
夜の閨のためだけではなく、"邪"そのものがあたりを覆い、
闇を深めるのを一姫はある一種の恍惚の中で感じていた。
「・・・・お嬢様はともかくとして、意外なものまでつれちゃったみたい?」
祠に収められた呪符に見慣れた構成の呪が敷かれているのをみて、一姫はさらに笑みを深める。
「"あれ"に属する人間って、全部殺したつもりでいたけど・・・・生きてたんだねぇ・・・」
まあ、それならまた殺せばいい。
心の闇にそう雫をおとして、一姫はその呪符に手を伸ばす。
「"解"。」
唇から落ちたたった一言に反応して、今まで祠と呪符に封じ込まれ続けてきたものが一気に爆発する。
奇妙で強力な"うねり"をあげて、台風よりも気まぐれに、暴力的にあたりを邪気で犯していく。
「・・・・心地いいね・・・」
目をつぶり、まるで微風でも浴びるように、一姫はそう一人ごちる。
「さて、とりあえずプロモートは終わった・・・
あとはコレがオーケストラとして成功するかどうかは・・あのお嬢様しだいってとこかな」
機嫌よさそうに手を後ろで汲んで身を反転させて、歩き出す。
だが、数歩歩いたところで、歩みをピタリととめて、
「あ、そうそう。・・・・ご苦労さまでした。お兄さん。」
下から上へ、まるで指揮でも取るような優美さで、手に握った呪符を丸めて放る。
すでにタダの紙と化していたものから、ある紋様が一つだけ、
一姫の言葉と共に、虚空へと姿を消した。
それを確認すらせずに、一姫は弾むような足取りのまま、自身を闇の中へとゆだねていく・・・・






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