第1話: sid 天桜史遠
天 鏡 楼
――調査依頼
聯華学園における『異常現象』
聯華学園・・・・・・
3階建て全3棟 高等学校
創立 昭和54年11月11日
生徒数 のべ1077人
1年前頃から異常現象が多発、すでに被害10件は越えている
最初は内線が通じなくなる、突然ブレーカーが落ちる、等だったが、
エスカレートしはじめ、突然窓が割れる、生徒や教員の負傷が相次いぐ等、
危険な現象が起こり始める。
専門家の意見をあおいだが、おそらく人為的事故や自然現象ではないだろうとの意見。
その後、聯華学園理事より警視庁への調査依頼。
「そして特犯が引き受ける、と」
書類の調査項目を読み終わり、小言をもらした。
突然の助手席に座った人物の言葉に驚いたのか、五十嵐は声をかけた。
「なにがですか?」
「依頼です。依頼」
「あぁ。なるほど。どうですか?簡単そうですか?」
信号が青から黄、そして赤に変わる。ブレーキを踏み、右へ曲がることを知らせるウインカー。
目の前を、自動車の群れが横断していく。
「位置が・・・」
「位置?」
「署から行くと丑寅になるんですよ…」
丑寅――北東。
虎の面に牛の角をもつもの・・・・・・鬼。
体は人、角は牛の形を成し、横に大きく裂けた口には鋭い虎の牙。
丑寅は陰の極と陽の始まりの接線であり、生と減の二気の中心に当たり、百害の気が最も大とされる。
また、地獄への道が続いているとも。
その為に、丑虎は忌む方位とされているのだ。
「鬼門スか…。道変えましょうか?」
お願いします、とだけ答えると史遠はまた書類に目を落とした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
車に揺られること1時間強――。
正門の前に止まったシルバーパールのMAJESTAから降りてきたのは、漆黒の髪と切れ長の双眸を持った少女。
立ち上がると腰まで伸びた髪が動いた軌跡をたどるように揺れ動く。
膝上のスカートから覗かせる脚は、スラリと伸びる、という形容が当てはまるだろう。
かといって、道を歩けば誰もが振り返る程の美人でもない。
「天桜さん、車止めてきますんで。先、行っててください」
「わかりました。気をつけて」
運転席からの声に軽く返事をし、五十嵐が車を出すのを見送る。
そのまま、史遠はつぶやいた。
「立ち去りなさい。貴方は私に勝てない」
史遠の背後に居るもの―それは黒い犬の姿をした『呪』だった。時に、犬神と呼ばれることもある。
後ろを振り返ると、数メートル離れた所に聯華の学生と思われるブレザーを着た少年。
「うるさい!僕は勇者だ!勝てないはずがない!」
聞く耳を持たないのか、それとも持てないのか、その少年は犬神を史遠にけしかけた。
「・・・・・・もう声も、届かない」
史遠はそれだけ言うと、清明桔梗印が描かれた紙を取り出した。
「…宿 動 翔!」
小さな音を立て、それは姿を鷹に変え史遠の左腕にとまる。
黒い犬が向かってくるまであと少し。
「天嗣―お行き。死んでいるものに、容赦はしなくていいから」
少年を一度横目でみて、史遠は天嗣にそういった。
少年が幽体だと見抜くことは朝飯前、といったところだろう。
天嗣、と呼ばれた式神は羽音たて、犬神に向かっていった。
聞こえてくるのは、この世のものとは思えない唸り声。
史遠の方へと、何人も食い殺してきたと思われる牙を向けるが、式神に邪魔をされ怒りをあらわにしていた。
主人を守るように、式神は舞い飛ぶ。
「…んで、なんで…死なないんだ!今まではうまくいったのに!」
そういって、少年は携帯を取り出し何かを唱え始めた。
―逆真言…!!
本来守護のために唱える密教だが、それを逆さから読み・書きをすると『呪い』へと姿を変える。
「何でも使えばいいってものじゃないんだよ・・・」
史遠は、呪いを甘んじて受ける気はないようだった。
「オン・ソンバ・ニソンバ・ウンバザラ・ウン・ハッタ オン・シュチリ・キャロ・ロハ・ウン・カン・ソワカ
オンバザラギニハラジハツタヤソワカ オンバダロヤ・・・・・ソワカ!」
逆真言のかわりに聞こえてきたのは、断末魔の叫び。逆凪―呪詛が返る事…である。
「ぼ、くは・・・特別・・・な・・・・」
少年はそういったきり、消えた。同時に犬神も。
「・・・・さようなら。できれば、浄化してあげたかったけど・・・せめて、安らかな眠りを・・・」
正門で繰り広げられていた光景を知る者は、ただ一人。
――鬼門は、あしきもの達の通り道。裏から入り、裏から出て行く
表からは抜け出すことも入ることも許されない。
そう、それは蜘蛛の糸のよう。
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