第3話: sid 天桜史遠
天 鏡 楼
近づいてくる足音、話し声。そして、陰の気配。
足音は史遠たちのいる部屋の前で止まった。
「祓いますか?」
「・・・・害はないと思うので、ほおっておきます。」
史遠のそっけない返答に、五十嵐は苦笑した。
コンコン、とリズムのいいノック音と共に入ってきたのは、若い男。
「お待たせして申し訳ありませんでした」
その男は軽く一礼して、立ち上がった二人に対し座るように促した。
五十嵐の対面に座ると、男は話し始める。
「話は理事長のほうから伺っております。ああ、申し遅れました。私、聯華学園学校長の高羽恵一と申します。それで、天桜さんでしたか。こちらの方は…。」
と、史遠を横目で見て五十嵐に向かって尋ねた。
「え、あ。俺は、天桜でなくて・・・」
「横から失礼を」
警察手帳をテーブルの上に出し、営業スマイルで高羽に対し史遠は言う。
「特殊犯罪取締科、警部補の天桜史遠と申します。こちらは、部下の五十嵐 翔巡査。」
部下、と強調していたのは五十嵐の気のせいではないだろう。
「そ、それは失礼をいたしました」
「いえ、とんでもありません。それで、できれば校内を見せていただきたいのですが・・・」
警察手帳をしまい、営業スマイルのまま話す。
「ああ、どうぞご自由に。生徒も帰った後ですし、何かありましたら各棟に職員室が御座いますのでそちらまで来ていただければ」
わかりました、と史遠が答えた刹那室内の空気が揺らいだ。
ピシッ、と何かが割れるような音。机に出された茶器が音を立てて揺れる。
ガタガタと窓ガラスが音を立て、破裂音が室内に響く。
「古い学校ですから、よくあるんですよ。それを、生徒達が面白がってラップ音だのとさわぎたてるものですから・・・。」
「そうなんですか。高羽校長は、これは霊症ではないとおっしゃるのですね」
「もちろんです、霊症だなんてくだらない。」
「は?くだらないとか、そういう・・というかこの学校、霊的にあまりよくない位置にいるんで危なっかしいんですよ?
くだらないとか言ってないで、一度大規模な禊祓いでもかけられたほうが・・・」
自信満々でくだらないと言い切る高羽に五十嵐は渋面を作ってそう申し立てた。
「…そうですか。結構です」
「って天桜さん?!」
予期せぬ史遠の台詞に五十嵐は驚いたが、史遠はそれに一瞥もくれず立ち上がった。
「それでは、調査させていただきます。お手間を取らせて申し訳ありませんでした」
嫌味ともとれる台詞を残し、史遠たちはその部屋を後にした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「いいんですか?」
前を行く史遠に五十嵐は言う。
「何がですか。」
手に持った書類と、学園内を見比べながら答えた。
「くだらないとか、言われて・・・。」
「いいんですよ。実際見えないのだし。人間って、自分の身になってみないと分からないものですから・・・」
立ち止まった史遠の小さな背中に、五十嵐は声をかけた。
「・・・天桜さん?」
忘れてください、と振り返る史遠に五十嵐は過去に出会った少女の面影を重ねていた。
―私を殺すの?
―殺さないよ。俺は君のご両親に用があるんだ。だから、今は・・・
「・・・さん、五十嵐さん!」
「え、あ・・・」
「大丈夫ですか、ボーっとして・・・。」
「すんません。」
「私の見間違いじゃないと思うんですけど・・・あれ、祠ですよね?」
窓越しに見える、中庭。枝の間からのぞくのは、朱塗りの祠。
「みたいですけど・・・行き方、わかりませんねぇ」
「ひょっとしたら、行けないかもしれませんね。地図には載ってませんし・・・。」
「結界かもってことですね。まぁ、見えてるってことはいけるでしょ。」
五十嵐は窓を開け、下を確認するとおもむろに、飛び降りた。
「って・・・!!五十嵐さん!!」
慌てて、窓から身を乗り出し五十嵐の姿を探す。無事着地していた五十嵐を確認し、史遠は胸をなでおろした。
「あ、降りれますー?なんなら受け止め」
「結構です」
五十嵐の言葉を遮り、史遠も同じく飛び降りる。
が、五十嵐に腕を引っぱられ、着地したのは彼の人の上。
史遠は数秒固まっていたが、自分のおかれている状況を理解したようで、表情が一変した。
驚くのも無理はない。史遠が五十嵐を押し倒した状態なのだから。
「な、なにするんですか!!」
「いやー・・・。天桜さん軽いっすね。」
何かを言おうと、口を開いた史遠だったが、無駄だと諦めたのか無言で五十嵐の上を退き、立ち上がった。
「怒りました?」
「・・・・・・」
「天桜さーん・・・?」
「・・・・・・結界石があるならそう言ってください。」
恥ずかしかったのか、始終五十嵐に背を向けて史遠はつぶやいた。
「はは。いやー・・・。こんな時じゃないとお近づきになれないかなぁ、と。」
「馬鹿言ってないで、ちゃんと調べてください」
史遠はスカートの土を払うように軽く叩いた後、祠へと近づく。
が、いつの間に立ち上がったのか、祠には五十嵐の姿があった。
「・・・いつのまに」
朱塗りの、子供の背丈にも満たないほどの高さにあるその祠には、祭られているものは何も無くただ札が一枚貼られているだけだった。
五十嵐はその札へと手を伸ばし、史遠が制する間もなくそれを剥がした。
それと同時に、押しつぶされそうなほどの霊圧が祠を中心として襲い掛かってくる。
霊力の強い史遠でさえ、立っているのがやっとの状態の中、祠に近い五十嵐は霊圧をもろともせずその場に立っていた。
「・・・・・・法たる法は人間の意志で作られたものか。ならば、主の下へ還れ。ここには法則があり、汝求めるものはなにもない。」
――そうだった、彼も・・・”術者”だったんだ。
史遠は忘れていたのだ。彼が、同じ特犯の死線をくぐれる人間だということを。
「ふーっ・・・。呪詛・・・じゃあないみたいだな」
すっと、霊圧がおさまり空間が元に戻ろうと、ゆがみ始める。
「五十嵐さん、早く!亜空間に弾き飛ばされます!」
「え、ああ、はい!」
二人はもと来た場所へと急いだ。
「って、五十嵐さん・・それ・・・」
「え?」
手に握っているのは先ほど剥がした札。
呪術は五十嵐によって無効化され、ただの紙切れと化していたが、史遠はそこに書かれた模様に見覚えがあった。
「・・・・・どうして、これが・・・」
史遠の脳裏を少女の姿がよぎった。
――あの、少女。なにか知っているはず・・・。
何本にも散らばった糸は、何かのきっかけで絡み、一本となる。
それは、罠か。それとも。
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